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牛歩庵―鍼灸師・中国語医療通訳/翻訳者のblog

「鍼灸はなんで効くの!?」「ツボって何?」

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しみこむしみこむ

来週末からの仕事に向けて、今日は半日図書館で訳語を調べたり基礎知識を頭に入れたりしていました。

私は未知の分野を勉強するとき、一冊の本をゴリゴリ読むと疲れるのでいろいろな著者によるさまざまな難易度の本を見ていきます。

専門用語がチンプンカンプンでもあまり気にせずどんどん飛ばし読みしていくと、読書とはいえないくらいいい加減な読み方でもなんとなくわかってきます。

文字だけでは実感が湧きづらいので、「まんがでわかる○○」、「図解雑学□□」など、初心者向けのものがとても役立ちます。

「なんだかわかってくる」瞬間とは、膜を通り越して液体が染みこんでいくイメージに近いでしょうか。
回路が頭の中で少しずつ組み上がっていきます。そうすると俄然おもしろくなってくるのですね。

余裕が出てきたら、訪れる街の歴史や名物なども調べてみることにします。

今回は、西安です。

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不自由がつくるひとの形

幕末の蘭学者や長崎通詞に興味があっていろいろ本を読んでいます。
極めて情報の限られた時代に、質、量ともにものすごい翻訳を行って日本の新時代を作りました。
本から目を上げて、幕末から現代に戻ってくると、この時代の自由さ、情報の多さに目がくらみます。
彼らはとてつもない不自由、闇の中でひと筋の光だけを頼りに進むしかなかったのですね。
四方八方から光を浴びせられて、自由まみれの私には、むしろ自分にタガをはめることこそが必要かと感じます。
人間も、表皮にピッチリと包まれなければ、ただのどろどろした肉と水分のカタマリにすぎませんからね。

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私の知りたいこと

物心ついた頃から不思議だった。

「何で生き物って動いてるの?」

小学校の図書室には、「まんがでわかるからだのはたらき」のような本がたくさんあった。

色々借りて読んだ。

心臓が動いて血が流れ、肺が膨らんだり縮んだりして息をして、胃が動いて消化して…

そんな仕組みが体にあるのはわかった。

でも、何で動いてるの?

ミニ四駆だったら部品を組み立てて、電池を入れれば動くけど、人間は何がきっかけで動くの?
どうして一度止まったら、どれだけ部品が揃っていても動かないの?

この疑問に答えてくれる本は一冊もなかった。
何か根源的なことがいつも気になる子供だったと思う。

でも、小学生の日々は遊びに忙しく、新しいマンガやゲーム、スポーツに明け暮れているうちに、そんな疑問は忘れた。

そんな疑問を忘れた私は、大学で言語を学んだ。たまたま選んだのが中国語だった。
すばらしい師にも出会った。ありったけの情熱とエネルギーを中国語に捧げている人だった。

ただ単に上手くしゃべれるようになりたい、役に立てたい、という思いはあった。
けれど、言語には人間が外界に触れ、それを表現する時の心の動き、世界の見方が隠されていることを知った。
人の心は言葉でできている、と思った。言葉を知ることは、人間が、どうやって世界と向き合っているのかを知ることだと思った。

それでも、大学生ごときにも色々なジジョウはあって、道を歩み続ける覚悟はできなかった。そんな疑問は、とりあえず置いておいた。

そんな疑問をとりあえず置いておいた私は、大学を出て、働いて、数年後、専門学校に入った。
鍼と灸、という原始的な道具によって、様々な病気に対抗できる、そのシンプルさがすばらしいと思った。
何せ石器時代から行われてきた医術なのだ。
直接人を喜ばせる仕事がしたい、そして、できるだけ手ぶらで生きていたいと思う自分には、ぴったりの職業だと思った。

すばらしい師にも出会った。偏屈で、へそ曲がりな、そして患者さんから絶大な信頼を寄せられている人である。

鍼が治療手段として機能する背景には、皮膚、神経、脳、これらが複雑かつ極めて巧妙に組み合わさったシステムがある。

実は、その全貌はいまだ明らかになっていない。
全貌どころか、今の科学でわかっているのはほんの一部だ。

ある程度のメカニズムはわかっている、しかし、肝心なところは、「きっとこうだろう」で説明されている。だからこそ、「気」とか「経絡」といったものが数千年の時を超えて使われている。(ただ、気とか経絡とかは私の専門ではないのでよくわからない)
そのために、日本ではアウトサイダーとして冷遇され、半ば疑いの目を向けられながら細々と世間の片隅で息をしている。

それでも、救われている人は無数にいるし、鍼灸が現代まで連綿と受け継がれてきたことが、ただのオマジナイではないことを物語っている。

触れるとは何か。
見えるとは何か。
聴くとは何か。
感じるとは何か。実はわかっていない。

全て、表皮、神経、脳が行っていることだろう。
目を閉じれば世界は消える。耳を塞げば世界は聞こえない。皮膚がなければ世界に触れることはできない。
つまり、感じることが人間と世界を結びつけている。

言語以前の段階、外の世界から感じることで人間がどう世界を見ているのか。
今目に見えている世界は、真実のものなのだろうか。
思い通りに動いているはずの自分の体は、本当にこの姿なのだろうか。

追いかけることを諦めていた自分の根源的な問いが繋がったのである。


「中国語も話せるユカイな鍼師さん」では終われない。

あと50年くらいは生きられるだろうか。
一歩でも、その謎に迫りたい、と本気で思っている。


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成長は無限

限りある肉体資源を有効に使うため、
使わない細胞は退化していく。

脳細胞は使えば使うほど発達する。
その事実を知れば、年を重ねることが楽しくなってきませんか。

仲間とのつながりを求め、貪欲に腕を伸ばし、うねり、のたうち、さまようニューロンたちの姿。


 

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「書き写し」って大変?

 昨日、文章を書き写す、ということを少しお話ししました。

膨大な量の本を買って、大量に速読して、それでも全く覚えていない、実践できない、

そんな方はたくさんおられるのではないでしょうか。私もそんな一人です。

書いてある内容を理解していない、共感できていない、頭に残っていない。

 
一冊の本には、著者が人生で培ってきた見識、主張、志が込められています。
自分が大変な思いをして突き止めた方法、知識、ノウハウを、多くの人と共有しようという思いで、膨大な量の原稿を打ち込み、清書し、ゲラ刷りを読み、校正しています。
この段階ですでにイヤなるほど原稿を読み込んでいます。私自身の経験でいうと、原稿は全て音読して確認しています。
入稿直前には徹夜作業も続くことでしょう。

著者とは全くの別の人生を歩み、あるいは別の時代を生き、全く自分の脳内になかった世界に触れる我々読者が、そう簡単に著者が人生をかけて投げ込んでくる思いを受け止め、理解し、実行できるとは思えません。

本に書かれている知識を本当に身につけたい、理解したい、実践したい、と思うとき、
一冊丸ごと書き写すくらいの労力は安いものなのではないかと思います。
南方熊楠はそんな勉強を生涯実践していましたね。


なお、私がそれを実践しているのかという質問は、どうかご勘弁を。

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プロフィール

HN:
岡本悠馬
性別:
男性
職業:
鍼灸師・中国語翻訳者/医療通訳・講師
自己紹介:
神戸市須磨区妙法寺・南天はり灸治療院の院長・中国語翻訳者です。
2007年~2009年まで在外公館派遣員として中国上海に勤務。現在は翻訳者として活動しています。鍼灸では神経生理学に基づく治療を行います。反応点治療研究会所属。神戸市外国語大学非常勤講師。

手がけたもの:政治、軍事、経済、医薬、ソフトウェア取扱説明書、料理、紀行文、芸術展パンフレット、観光案内、中国語学習教材、古文(唐詩・宋詞など)、現代小説等。

メールアドレス:
okamotoyum★gmail.com(★を@に変えて送信)

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